弾丸アタック-日常がおかしい日常4コマ-

主に日常4コマを描いています

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私は障害持ちで元生活保護でした。

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私は「双極性感情障害2型」という脳の神経伝達物質に異常がある障害です。

 



薬をきちんと飲み続けていれば、極端に異常は起きませんが、現代の医学では完治する病気ではありません。

また、「2型」は「1型」と比べて躁状態は激しくありませんが、抑うつ状態のコントロールが難しいです。 
突然、スイッチが切れたように動けなくなります。

双極性感情障害については下記のサイトが詳しいです。

双極性障害 こころの健康情報局 すまいるナビゲーター[すまいるナビ]



そして、私は「元生活保護」でした。
8年くらい前、家出同然に引越しをし、その数ヵ月後に鬱状態になり、会社に行けなくなりクビになりました。

家出する直前の私は、体重が40kgを切り、睡眠時間は2時間でがむしゃらに動いて働いていました。 
食べなくても寝なくても平気、という典型的な躁状態です。

会社をクビになり、「もう生きてはいけない」と覚悟を決め、元々「不眠症」で通っていた時に余っていた薬を全て飲みました。

…当時の睡眠薬程度では死ねないことはわかっていたと思います。

なんでもいいから助けて欲しかった。 

生きていたかった。

死ぬつもりなんてあまりなかったのかもしれません。

目が覚めると、目の前は白い天井で、腕に管がたくさんついた状態でした。

それからしばらくして、元々家族が通っていた病院に連れて行かれ、幼い頃のことや最近の状態を聞かれ、
「双極性感情障害ですね」と診断がおりました。

「あなたはしばらく働けません。休んでください。」
「じゃあどうすればいいんですか?家に帰ればもっと悪化します。帰りたくありません。絶対にイヤです。」
生活保護という手段があります」

母と顔を見合わせました。

「こんなに若いのに受けられるんですか!?」
「年齢は関係ありませんよ」

それから、8年くらい、生きてるのか死んでるのかよくわからない日々を過ごしました。
たまに体調がよくなったら、少しだけ仕事をしたりして、申請したり…。

ふと、思いました。
「私は、ずっと、人が稼いだお金で、生きてるのか死んでるのかわからない状態を続けるのか…」と。

また、薬を大量に飲み、病院へ…。

担当医に「これ以上、そういうことを繰り返すならうちではもう診れませんよ?」

はっとしました。

こんな中途半端な自殺未遂を繰り替えして、何が進むのだろう?
目の前の先生も含め、どれだけの人に迷惑をかけただろう…? 



私は働く決意をしました。 

最初の面接で正直に病気のことを話してしまい、もちろん雇われませんでした。

電車も長距離は乗れない…近くでいいところはないか…

その時、私は今働いている会社を見つけました。

社長はネットに対する知識があまりなく、とても私を重宝してくれました。

なんとか雇用されたものの、急に抑うつになって、休んでしまったり、精神薬の副作用で居眠りしてしまい…
社長が「急に休んだり、居眠りしたり、普通の会社ならクビだよ!」と怒られました。
当然です。
私は薬や病気のせいにしたくなかったので、一切言い訳はしませんでした。

でも、社長はそのあとに「あなたのスキルはとても買っている。だからもうちょっと集中して頑張って」という言葉が嬉しかったから、私は辞めることはしませんでした。

社長は私が大量の仕事や、ちょっと大変な作業を終えると「ありがとう」と言ってくれます。

時には大きなミスもしてしまい、社長にひどい迷惑をかけてしまうこともありました。

先日、私はひどい抑うつで2週間くらい動けなくなってしまいました。
大きなミスをしてしまい、自責の念もあって、「なんでこんな普通ならミスしないミスをしてしまうんだろう…」とずっと悩んでました。

社長はひどく心配してくれました。
もう、これ以上お世話になっている社長に迷惑をかけたくない。
病気のことを話して、もうこの会社を去るべきだ。
「病気のことを隠していてすみません。明後日出勤したら詳しく話します。」とメールを送りました。

先日出勤すると、私が思っていた光景とは全く違う光景がそこにはありました。

社長がいつも通り、机に座っていて「これとこれやっておいてくれる?」と…。

仕事をしながら、「夜眠れないの?」「うたた寝しちゃうのはそういう薬のせいもあるんだね」と具体的な病名のことではなく、どういうことで私が困っているかを社長は聞いてくれました。

「なるべく在宅で仕事できるようにして、たまに出勤するとかだったら結構楽かな?」

こんなにも、私を必要としてくれて、私に生きる術をくれた社長に、とても感謝しています。